台湾映画

台湾映画

中国語で作られている映画は、中国映画と香港映画と台湾映画で分かれて発展してきた。
台湾映画は、そのなかでもその例にもれず独特の文化を創ってきた。

1960年代の頃の台湾は近代化への道を進みはじめたばかりの時期であった。
政府は、経済や産業や教育の発展を中心に国作りを進めていった。
その時期となる1963年に、中央電影公司が製作したメロドラマ""健康写実主義""を世に出していった。
この映画のジャンルでは、台湾の伝統的な道徳観を育成するものとして、社会が高度成長して構造が変わっていくなかで必要なものとして認識されていた。

この時期の映画を見てみると、伝統的なカンフー映画や恋愛メロドラマも同じくらいの人気を持っていた。
1980年代のはじめころ、台湾ではホームビデオが普及していき、映画を見るという習慣が多くの人に共有されていった。

しかし、娯楽性の高い香港映画が人気があり、台湾国内の映画産業はなかなか思うように芽が出てきてはいなかった。
そのために、中央電影公司が人材の育成に力を入れ、それが、楊徳昌、陶徳辰, 柯一正, 張毅という4人の若くて優秀なディレクターらの手によって作られた作品、1982年の『時の物語』(光陰的故事)が出来上がった。
この作品は、台湾映画に若い息吹を吹き込み、ここからニューウェーブがスタートしていったのである。
この映画まで人気を博していたメロドラマやカンフー映画とは違い、このニューウェーブ映画では、何と言っても台湾人を深く見つめる視点が特徴で、写実的かつ現実的で共感的な映像になっている。